『HHhH プラハ、1942年』
ローラン・ビネ
高橋啓訳
2009年
2013年6月28日 日本語版初版
東京創元社
1942年5月27日、プラハで、ナチによるユダヤ人大量虐殺の立案者かつ責任者であったラインハルト・ハイドリヒの暗殺事件がおこった。それは、ロンドンへ亡命していたチェコ政府が起こりこんだ二入の青年パラシュート部隊員によって決行された。
この本では、この暗殺事件を、信頼できる資料に基づいて、現代によみがえらせる。
そして、その方法(書き方)が、これまでの歴史小説にはみられない様式である。これが、この本の最大の特徴だと思う。
第一に、本文377ページで、257の章。ひとつひとつの章が短く、端的。記録的、日記的。
第二に、事実をできるだけ忠実に再現しようと努めている。
第三に、二番目とも関連するが、登場人物の会話については、一字一句正確で信頼のおける資料(オーディ資料、ビデオ資料、速記資料)に基づいて記載。その他の部分は、創作とあらじめ断っている。
このように書くと、学術論文のような堅苦しいイメージをもつかもしれませんが、とても、読みやすい文章で臨場感があふれています。また、ひとつひとつの出来事が、ほぼ時系列に紹介されていくので、ブログを読んでいるような感覚を覚えました。
一般的に、歴史の記述において、その時代の事実を再現することは困難です。記録、遺物、回想などがあったとしても、細部(記録と記録の間)を埋めるのは、想像力を働かせるしかありません。
なかでも、会話を再現することは、非常に困難です。しかし、歴史物語では、物語を生き生きとさせるために、登場人物に会話をさせます。ただし、歴史上の人物の肉声が残っていることは通常ありませんから、作者が創作することになります。そのため、歴史上の人物の声は作家自身の声に似てしまいます。つまり、歴史小説には、歴史的事件を題材としているだけで、その作者の主張、その時代の主張が、紛れ込んでしまいます。
『HHhH』の作者は、自身の主張を織り込ませず、この暗殺事件を現代によみがえらせました。そのため様式がこれまでの、歴史小説にないものとなりました。「傑作小説というよりは、偉大な書物と呼びたい」と称賛されたことからも、この本(書物)の特殊性が表されていると思います。
私にとっての歴史小説は、司馬遼太郎の「龍馬がゆく」です。今思うと、司馬さんの思いや、時代の雰囲気(高度成長時代)がかなり入っていたのでしょう。