2014年1月26日日曜日

歴史をよみがえらせる新たな方法

『HHhH プラハ、1942年』
ローラン・ビネ
高橋啓訳
2009
2013628日 日本語版初版
東京創元社

1942527日、プラハで、ナチによるユダヤ人大量虐殺の立案者かつ責任者であったラインハルト・ハイドリヒの暗殺事件がおこった。それは、ロンドンへ亡命していたチェコ政府が起こりこんだ二入の青年パラシュート部隊員によって決行された。

この本では、この暗殺事件を、信頼できる資料に基づいて、現代によみがえらせる。
そして、その方法(書き方)が、これまでの歴史小説にはみられない様式である。これが、この本の最大の特徴だと思う。

第一に、本文377ページで、257の章。ひとつひとつの章が短く、端的。記録的、日記的。
第二に、事実をできるだけ忠実に再現しようと努めている。
第三に、二番目とも関連するが、登場人物の会話については、一字一句正確で信頼のおける資料(オーディ資料、ビデオ資料、速記資料)に基づいて記載。その他の部分は、創作とあらじめ断っている。

このように書くと、学術論文のような堅苦しいイメージをもつかもしれませんが、とても、読みやすい文章で臨場感があふれています。また、ひとつひとつの出来事が、ほぼ時系列に紹介されていくので、ブログを読んでいるような感覚を覚えました。

一般的に、歴史の記述において、その時代の事実を再現することは困難です。記録、遺物、回想などがあったとしても、細部(記録と記録の間)を埋めるのは、想像力を働かせるしかありません。
なかでも、会話を再現することは、非常に困難です。しかし、歴史物語では、物語を生き生きとさせるために、登場人物に会話をさせます。ただし、歴史上の人物の肉声が残っていることは通常ありませんから、作者が創作することになります。そのため、歴史上の人物の声は作家自身の声に似てしまいます。つまり、歴史小説には、歴史的事件を題材としているだけで、その作者の主張、その時代の主張が、紛れ込んでしまいます。

HHhH』の作者は、自身の主張を織り込ませず、この暗殺事件を現代によみがえらせました。そのため様式がこれまでの、歴史小説にないものとなりました。「傑作小説というよりは、偉大な書物と呼びたい」と称賛されたことからも、この本(書物)の特殊性が表されていると思います。

私にとっての歴史小説は、司馬遼太郎の「龍馬がゆく」です。今思うと、司馬さんの思いや、時代の雰囲気(高度成長時代)がかなり入っていたのでしょう。

2014年1月19日日曜日

「ソト」にいるがゆえに関心が払われない実験動物

『日本の動物観-人と動物の関係史』
石田戢、濱野佐代子、花園誠、瀬戸口明久
東京大学出版会
2013年3月15日初版

日本人の動物観を、ペット、産業動物、野生動物、展示動物の観点から考察した書。
日本人は、ヒトと動物の間に断絶はなく、連続性をみている、とする。例えば、人が動物になったり、動物が人に化けたりする。このような昔話が多数存在する。それゆえ、人を中心とした「ウチ」とその周辺の「ソト」と厳密に使い分ける。動物は、「ウチ」から「ソト」へ、ペット、家畜、野生動物の順に配置される。

ペットは、室内飼いが多くなり、今や、「ウチ」のヒト、つまり家族となった。そこでコンパニオンアニマルと呼ばれる。
家畜などの産業動物は、以前は零細に飼育されていたが、今や大規模に飼育される。効率性が優先されるので、厳密に管理されており、もはや部外者は飼育の様子を見ることは難しい。そして、徐々に「ソト」の動物となってきた。その最たるものは、実験動物。実験動物はその飼育・繁殖が外部の者にはほとんどまったくといっていいほどわからない。また、話題にのぼることもない。そして、普段、見ることも触れることもないので、一般の人にとっては、関心がわかない。
野生動物は、もっとも「ソト」に存在する。まったくもってうかがい知れない世界に住んでいるので、人に害を及ぼさない限り、人は基本的に無関心。

動物実験に関しては、一般の人々がどのような関心をもっているか、気になるところです。日本にも、動物実験を行っているところがあり、それに反対する方々もいます。法律も制定されていますが、国民的に話題にのぼることはほとんどありません。そのことが、私にはずっと疑問でしたが、この本を読んで少しわかったようなきがしました。一般の日本人は、動物実験なんて見たこともない(見ようと思っても見ることはほぼ不可能)。実際、動物実験の現場は幾重にも隔離され、遠い遠い「ソト」となってしまっています。

終章での一文が気になります。「実験動物への倫理的取り扱いは、動物福祉運動と動物実験の実施者である企業・研究者との内輪の対立とみられており、それゆえに動物実験への制約はよりシビアになっていくと思われる」

2014年1月14日火曜日

養鼠家と狂歌師のコラボ

『日本の動物観―人と動物の関係史』という本の中で、『養鼠玉のかけはし』に関する学術論文があることを知りました。

「江戸時代後期上方における鼠飼育と奇品の産出―『養鼠玉のかけはし』を中心に―」というものです。東北大学東北アジア研究センターの安田容子さんが、『国際文化研究』という雑誌の16巻205-218ページ(2010年3月31日)で発表されています。
http://ci.nii.ac.jp/els/110007590505.pdf?id=ART0009409175&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1389681286&cp=


私もラットを研究している立場から、『養鼠玉のかけはし』に関する小論を2009年に『ビオフィリア』誌に発表しています。安田さんは、人と動物の関係という視点から、『養鼠玉のかけはし』に注目されたようです。江戸時代の出版に関しては、よくご存知のようで、私がわからなかった『養鼠玉のかけはし』の出版に関することについては、詳しく書かれています。

それによると、作者の春帆堂主人とは、大坂島之内の松原町の春木幸次という人物。
版元は、江戸の山金堂(山崎金兵衛)、大坂の柏原屋(荒木佐兵衛)と和泉屋(辻分助)の三書肆とあるが、公の出版願いは、和泉屋分助が安永3年(1773年)4月に出願している。

また、『養鼠玉のかけはし』の制作には、当時の大阪で活躍していた絵師、彫師、狂歌師がかかわっている。
例えば、絵師の皎天斎主人とは、大坂狩野派の橘国雄のことで、宝暦年間から天明5年(1756-1785)の間に絵本挿絵を中心に活躍していた。
彫師の一人である藤村善右衛門は、当時の大坂を代表する彫師であった。
狂歌師の一本亭芙蓉花は、当時の上方狂歌三派の一つである一本亭社を率いており、俳諧師の蕪村一門とも交流があった。
さらに、芙蓉花以外にも、この一派を構成する門人、高井守由、小出朶雲、平山呉山などが狂歌をよせている。また、狂歌の賛には、奇品鼠の名称だけでなく、その鼠の珍しさや高価さ、鼠の芸が詠み込まれている。このようなことから、一本亭社の主要な門人であった狂歌師たちが集まって、養鼠家たちの奇品鼠の品評会と同時に、狂歌会を催したと推測している。

私は、『養鼠玉のかけはし』に出会った時から、鼠の飼育本としての価値を見出していました。しかし、安田さんは、飼育本としてだけでなく、絵本、さらには、一本亭社の狂歌選集としての価値も見出されたようです。

奇品鼠を飼うことも、狂歌を読むことも、当時は裕福人びとの趣味だったのでしょう。当時流行の狂歌師たちを、当時流行の奇品鼠の品評会に招待し、歌を詠ませ、そして、本を出版する。このようなことを考えた仕掛け人がいて、養鼠家と狂歌師のコラボがなされたと想像します。

2014年1月9日木曜日

第7回ラットリソースリサーチ研究会(平成26年1月31日)

今月末(1月31日)に、京都大学百周年時計台記念館にて、第7回ラットリソースリサーチ研究会を開催します。

これは、私が研究代表者をしているナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」が毎年この時期に主催している研究会です。その目的は、実験用ラットに関する最新のリソース開発状況の紹介とそれらラットリソースを用いた生物医学研究の紹介です。

近年、ZFN, TALENそしてCrisper/Cas9といったゲノム編集技術がラットにも適用できるようになりました。今後、遺伝子改変ラットの作製が加速化されると期待されています。遺伝子改変ラットが増大すると、これらのラットを保存し提供することが求められます。そのため、ナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」の重要性はますます高まると考えています。

今年の研究会の一押しは、Crisper/Cas9システムによる遺伝子改変ラットの開発に関する演題ではないでしょうか。

詳細はこちら↓


2014年1月6日月曜日

パワースポット吉田山

新年あけましておめでとうございます。
人生で47年目の年となります。

今年のお正月は、実家で元日から3日まで過ごしました。
4日に吉田神社へ初詣、その後、竹中稲荷、宗忠神社、真如堂と、神社、お寺を”はしご”しました。

吉田山は、東山の峰々から離れて、独立峰のようにこんもりとしており、京都平野のアクセントになっています。
また、京都平野の北東(鬼門)に位置しています。

その場所と形から、宗教的な立地条件があったと思います。
その証拠に、東西約500メートル、南北約1キロのなかに、吉田神社をはじめ、岡崎神社、宗忠神社、竹中稲荷などの神社や、真如堂、今戒光明寺(黒谷)などのお寺、それに、天皇陵が二墓あります。

私には来ていませんが、来る人には来るでしょう。
確実に、パワースポットです。

2014年1月5日日曜日

平成26年(2014年)の仕事始めにあたり

平成26年(2014年)の仕事始めにあたり所信を述べます。

京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設は、医学研究科における研究支援を担っていいます。支援業務は、研究活動に比べると地味なものですが、研究を進める上でなくてはならないものです。その重要性は、医学研究科内の方々がお認めになっていると思います。

動物実験施設を長年使用している医学研究科内の先生方は、この動物実験施設が標準であり、「あたりまえ」ですが、当施設の設備・管理レベルは、他部局、他大学に比べて決して劣るものではありません。他の動物実験施設を利用してはじめて、この動物実験施設の良さが認識されることもあるようです。

現場においては、例年通り、『丁寧かつ誠実』な仕事を心がけてください。

利用者からは、クレームや、明らかなルール違反があるかもしれません。
そのようなことを見聞きした場合には、ひとりで対応、判断せずに、周りの同僚や上司に報告、相談してください。

医学研究科という枠を超え、京都大学、日本、そして、世界をも視野に入れ、実務に励んで頂きたいと思います。京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設は、そういう視野をもって仕事をするのに値する施設と思っています。

本年もどうぞよろしくお願いします。